【ネタバレ考察】『もののけ姫』がもっと面白くなる3つの“真実”! エボシは、本当に“悪”だったのか?🐺

【ネタバレ考察】『もののけ姫』がもっと面白くなる3つの“真実”! エボシは、本当に“悪”だったのか?🐺

こんにちは! エウレカブログです!🎮✨

「生きろ。そなたは美しい」

1997年に公開され、日本映画の興行収入記録を塗り替え、アニメーションとして史上初の日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した、宮崎駿監督の傑作『もののけ姫』。 自然と人間、神と人との、壮絶な戦いを描いたこの物語は、多くの人の心に、強烈な印象を刻み込みました。

しかし、この映画を、「自然を破壊する人間=悪、森を守る神々=善」という、単純な二元論で片付けてしまってはいませんか?  実は、この物語には、そんな簡単な「答え」では決して割り切れない、深く、そして痛みに満ちた“真実”が隠されていました。

今回は、【超ネタバレあり】で、この傑作がもっと面白く、もっと味わい深くなる3つの“真実”を徹底解説します!👇

目次

まずはおさらい:『もののけ姫』とは?(※核心ネタバレあり!)

  • 公開年: 1997年
  • 監督/脚本: 宮崎駿
  • 音楽: 久石譲
  • ジャンル: アニメーション/時代劇/ファンタジー

あらすじ:

室町時代の日本。朝廷の力が衰え、侍たちが争いを繰り広げる中、東北の地にひっそりと暮らすエミシ一族の青年アシタカは、村を襲った「タタリ神」にかけられた死の呪いを解くため、西への旅に出る。 旅の途中、彼は、鉄を作ることで豊かになった要塞「タタラ場」を率いる、誇り高き女性エボシ御前と、犬神に育てられ、人間を憎む「もののけ姫」サンと出会う。 森を切り拓き、鉄を作ることで、社会から虐げられた人々(女性や病人)の居場所を作ろうとするエボシ。故郷の森を破壊する人間に、牙をむくサン。アシタカは、両者の間に立ち、憎しみの連鎖を断ち切ろうと奔走するが、戦いは激化。ついにエボシは、森の神々の長であるシシ神の首を撃ち落としてしまう。 首を失ったシシ神は、生命を吸い尽くす怪物と化し、森もタタラ場も、全てを飲み込もうとする。アシタカとサンは、協力してシシ神に首を返し、世界の崩壊を食い止める。そして、再生した森と共に生きることを選んだサンと、タタラ場で人々と共に生きることを選んだアシタカは、別々の場所で、しかし互いを想いながら生きていくことを誓うのだった。

もののけ姫

【もっと面白くなる真実①】エボシは“悪”か? タタラ場が描く、もう一つの“正義”とは?🤔

森を破壊し、神殺しまで行うエボシ御前。彼女は、一見すると、物語の「悪役」のように見えます。 しかし、彼女が率いる「タタラ場」の内側から、世界を見てみると、どうでしょうか?

エボシ

タタラ場で働く人々は、遊郭から売られてきた女性たちや、当時は「業病」として社会から見捨てられていたハンセン病患者たち。 そんな、外の世界では居場所のなかった人々にとって、エボシは、仕事と、誇りと、そして人間としての尊厳を与えてくれた、紛れもない「救世主」なのです。

タタラ場

「生きる」ためには、森を切り拓き、鉄を作らなければならない。 彼女の行動は、「森」の視点から見れば“悪”ですが、「虐げられた人間」の視点から見れば、紛れもない“正義”なのです。 この映画は、「絶対的な悪など存在しない。あるのは、それぞれの譲れない“正義”の衝突だけだ」という、あまりにも深く、そして現実的な真実を、私たちに突きつけてきます。

【もっと面白くなる真実②】本当の主人公は、アシタカだった!? 宮崎監督が付けたかった、本当のタイトルとは?🎬

この映画のタイトルは『もののけ姫』。 しかし、宮崎監督が、制作中に本当に付けたいと願っていたタイトルは、『アシタカせっ記』でした。(「せっき」は、耳から耳へと語り継がれる物語、の意)

アシタカ

なぜなら、宮崎監督にとって、この物語の真の主人公は、サンではなく、アシタカだったからです。 アシタカは、歴史の中央(ヤマト王権)から追いやられた、「忘れ去られた民・エミシ」の末裔。彼は、人間と自然、どちらの側にも完全には属さない「アウトサイダー」です。 だからこそ彼は、「曇りなき眼(まなこ)」で、エボシの正義も、サンの正義も、その両方を理解し、憎しみではなく、共存の道を最後まで探し続けることができたのです。

【もっと面白くなる真実③】アシタカの「呪い」と、ハンセン病患者たちの“共鳴”とは?🤕

アシタカが、右腕に受けた「呪い」。 それは、彼に超人的な力を与えながらも、内側からその命を蝕んでいく、死のアザです。 宮崎監督は、この「理不尽に課せられ、社会から疎外される原因となる、癒えることのない身体的な苦しみ」というアシタカの呪いを、ハンセン病患者たちが背負ってきた運命と、重ね合わせて描いている、と公言しています。

アシタカの「呪い」

呪いによって故郷を追われたアシタカもまた、社会的な追放者。 彼が、タタラ場で働く、包帯を巻いた人々と出会い、彼らの仕事に敬意を払うシーンは、同じ「痛み」を知る者同士の、静かな“共鳴”として描かれているのです。

エウレカ的視点💡:「答え」のない物語を、描く勇気

私たちゲーム開発者は、ついプレイヤーに、明確な「勝利」と、スッキリする「ハッピーエンド」を用意したくなります。 しかし、『もののけ姫』のラストは、決して単純なハッピーエンドではありません。

森は再生を始めるが、シシ神は失われ、神々の時代は終わる。 アシタカとサンは、愛し合いながらも、「サンは森で、私はタタラ場で暮らそう」と、別々の世界で生きることを選択する。 そこには、安易な「答え」はありません。あるのは、どうしようもない現実を受け入れ、それでも「共に生きよう」と、歩み続ける覚悟だけです。

この、「答え」のない物語を描き切る“勇気”こそが、この映画を、単なるエンターテイメントから、観る者の人生観を揺さぶる、不朽の芸術へと昇華させているのかもしれません。

まとめ:「生きろ。」その言葉の、本当の重み✨

『もののけ姫』がもっと面白くなる3つの真実、いかがでしたか?😊

  1. エボシは、虐げられた人々にとっては「救世主」だった!
  2. 宮崎監督が本当に描きたかった主人公は、「アシタカ」だった!
  3. アシタカの呪いは、ハンセン病患者たちの苦しみと共鳴していた!

この映画が、公開から四半世紀以上経った今も、私たちの心を掴んで離さない理由。それは、「自然か、人間か」という単純な問いではなく、「それでも、私たちは、どう生きるべきか」という、どこまでも重く、そして尊いテーマを、私たちに問いかけ続けているからです。

ぜひ、これらの真実を胸に、もう一度、あの深く、美しい森の物語を、訪れてみてください。 きっと、アシタカの「生きろ。」という言葉の、本当の重みが、あなたの心に響くはずです。💖

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