こんにちは! エウレカブログです!🎮✨
「観終わった後、気分が最悪になる映画」
「二度と観たくないけど、誰かに語りたくてたまらない映画」
もし、そんな映画のランキングがあるとしたら、必ずや頂点に君臨するであろう一本。それが、2007年に公開された、フランク・ダラボン監督作『ミスト』です。 謎の霧と、その中に潜む怪物たち。しかし、この映画の本当の恐怖は、そんなモンスターパニックではありません。
今回は、【超ネタバレあり】で、この傑作がもっと面白く、もっと味わい深くなる3つの“真実”を徹底解説! なぜ、あの絶望的な結末は生まれたのか? その裏側を知れば、あなたの『ミスト』観は、180度変わるかもしれません。👇
まずはおさらい:『ミスト』とは?(※核心ネタバレあり!)
- 公開年: 2007年
- 監督/脚本: フランク・ダラボン (『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』)
- 原作: スティーヴン・キング 中編小説『霧』
- 主演: トーマス・ジェーン, マーシャ・ゲイ・ハーデン
- ジャンル: ホラー/スリラー/パニック
あらすじ(結末まで!):
激しい嵐の翌日、アメリカの田舎町を、不気味な深い「霧」が包み込む。主人公のデヴィッドは、幼い息子ビリーと共に、地元のスーパーマーケットに閉じ込められてしまう。霧の中には、異次元から来たかのような、恐ろしい怪物たちが潜んでいた。 極限状態の中、スーパーマーケットという閉鎖空間では、人々は次第に理性を失っていく。狂信的なキリスト教信者であるミセス・カーモディは、この惨事を「神の怒り」と説き、恐怖に支配された人々を扇動し、カルト的な集団を形成。人間同士の対立は、外の怪物以上に恐ろしいものとなっていく。 最終的に、デヴィッドは息子を含む少数の仲間と共に、車でスーパーからの脱出に成功する。しかし、霧に覆われた世界を彷徨ううちに、車はガス欠となり、完全に希望を失ってしまう。怪物に惨殺されるよりは…と、デヴィッドは、残った4発の銃弾で、愛する息子と仲間たちを、自らの手で“安楽死”させるという、苦渋の決断を下す。 全てを終え、怪物が自分を殺しに来るのを待つデヴィッド。しかしその瞬間、霧が晴れ、彼の目の前を、生存者を乗せた軍隊のトラックが通り過ぎていくのだった…。あと数分、希望を捨てさえしなければ、全員が助かっていたのだ。彼の絶叫と共に、物語は幕を閉じる。

【もっと面白くなる真実①】本当の“怪物”は、霧の外ではなく、スーパーの中にいた…!🛒
この映画が、単なるモンスターパニックではない最大の理由。それは、「本当の怪物は、人間だ」というテーマを、徹底的に描いている点にあります。
スーパーマーケットという「社会の縮図」の中で、人々は3つのグループに分かれます。
- 理性のグループ (主人公デヴィッドたち)

- 知性の傲慢グループ (弁護士ノートンたち)
- 狂信のグループ (ミセス・カーモディたち)

理解不能な恐怖を前に、知性は「ありえない」と現実を否定し、理性は無力化し、そして、最も恐ろしいことに、恐怖を燃料として、狂信が人々の心を支配していくのです。 生贄を捧げよと叫ぶカーモディの姿は、霧の中のどんな怪物よりも、私たちに強烈な恐怖と嫌悪感を抱かせます。
【もっと面白くなる真実②】原作とは180度違う、あまりにも残酷な映画の“結末”📖
この映画史に残る鬱エンディング。実は、原作小説とは全く違う、監督によるオリジナルなんです!🤯
- 原作小説の結末: デヴィッドたちは、車で霧の中を走り続けます。絶望的な状況は変わりませんが、ラジオから「希望(Hope)」という言葉がかろうじて聞こえ、「まだ諦めずに進もう」という、かすかな希望を残したまま、物語は終わります。
- 映画版の結末: ご存知の通り。その「希望」を、最も残酷な形で、主人公自身の手によって打ち砕かせます。

なぜ、監督は、これほどまでに救いのない結末を選んだのでしょうか?
【もっと面白くなる真-実③】なぜこの結末に?監督と、原作者キングの“共犯関係”🤝
このエンディングには、フランク・ダラボン監督の、明確な意図がありました。 彼は、自身の代表作であり、「希望は、人を自由にする」というテーマを描いた『ショーシャンクの空に』と、対になる作品として、本作を構想したのです。
「もし、『ショーシャンク』が希望の価値についての映画なら、『ミスト』は希望を失うことの危険性についての映画になる」

そう、デヴィッドの悲劇は、彼が最後の最後で、「希望」を捨ててしまったからこそ、起こったのです。 そして、この残酷な結末について、原作者のスティーヴン・キングは、「ああ、この結末は大好きだ。私が思いつけばよかったのに」と、大絶賛したと言われています! 原作者お墨付きの、完璧な鬱エンディングだったのですね。
エウレカ的視点💡:「希望」を裏切る、という物語の力
私たちゲーム開発者も、エンターテイメントを作る上で、常にプレイヤーに「希望」や「カタルシス」を与えることを考えます。 しかし、『ミスト』は、そのセオリーを、敢えて破壊することで、他のどんな作品も与えられない、強烈で、忘れられない体験を、私たちに与えました。
「希望」を裏切るという行為は、極めてハイリスクな諸刃の剣です。しかし、それが作品のテーマと完璧に合致し、緻密に設計されているならば、時に、観る者の価値観そのものを揺さぶるほどの、強大な力を持つことがある。 この映画は、クリエイターにとって、そんな物語の持つ恐ろしくも、魅力的な可能性を示してくれています。
まとめ:絶望の果てに、あなたは何を“見た”か?✨
映画史に残る“最悪”の鬱エンディング。『ミスト』がもっと面白くなる3つの真実、いかがでしたか?😊
- 本当の怪物は、スーパーに閉じ込められた「人間」だった!
- 絶望的な結末は、原作にはない、映画オリジナルのものだった!
- その結末は、「希望」をテーマにした『ショーシャンクの空に』と対をなす、監督の意図的な演出だった!
この映画が傑作である理由は、その絶望的な結末が、単なる胸糞の悪い「どんでん返し」ではなく、「希望とは何か?」という、重く、そして普遍的な問いを、私たちの心に深く、そして永遠に刻み込むからです。
ぜひ、これらの真実を胸に、もう一度、あの霧に包まれたスーパーマーケットを訪れてみてください。 きっと、その絶望の先に、新しい発見と、深い思索があなたを待っています。💖
それではまた、エウレカブログでお会いしましょう!👋

















